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東京地方裁判所 昭和49年(ワ)6451号 判決

原告

是津輝和

ほか三名

被告

三菱自動車工業株式会社

ほか二名

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは連帯して、原告是津ミツエに対し金一四三〇万円、原告是津輝和、同是津澄代、同是津和文それぞれに対し各金九三五万円及び右各金員に対する昭和四九年八月二八日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行の宣言

二  請求の趣旨に対する被告らの答弁

主文同旨の判決

第二当事者の主張

一  請求の原因

1  (事故の発生)

昭和四八年六月三日午前一〇時三〇分ころ、原告是津和文(以下原告和文という。)が小型貨物自動車(島根四四さ三四八七、二トン積みダンプ「キヤンター」、以下本件事故車という。)を運転して、島根県隠岐郡五箇村大字山田地内県道上を走行中、突然制動及びハンドル操作が不能となり、そのためカーブを曲がり切れず、そのまま高さ約五メートルの土手下に転落し、これにより事故車に同乗していた訴外是津常雄(以下亡常雄という。)が顔面、胸部を強度打撲し、同日午前一一時三〇分ころ死亡した。

2  (事故の原因)

本件事故車には、左記のとおりの製造上ないしは設計上の欠陥があり、これがため、脱輪、制動及びハンドル操作の不能を生じ、本件事故が発生したものである。すなわち

(一) 本件事故は、本件事故車の走行中に、その左前輪のアウターベアリング(以下本件ベアリングという。)が破損した結果、同車輪がハブ及びブレーキドラムごと波を打つて回転する状態となつて車軸から脱輪したため発生したものである。ところで、本件ベアリングは、本件事故車の製造時に取り付けられたいわゆる純正品(NSKHR三〇二〇七J)で、同ベアリングはアウターレース、インナーレース、テーパローラ、ローラ受篭から構成されているところ、本件事故においては右アウターレースが円周方向に幾つにも割れるという極めて異常な破損をしていること等からすると、右破損の原因は本件ベアリングの製造当初から内在していた左記(1)ないし(5)の材質上及び構成上の欠陥並びに強度不足のいずれかによるもので、特に(1)又は(2)による蓋然性が極めて高いというべきである。

(1) 本件ベアリングを構成する前記各部材は軸受鋼を素材としており、右軸受鋼は、鉄を主体とし、これに炭素が〇・九五ないし一・一〇パーセント、クロムが〇・九〇ないし一・六〇パーセント程度のほか更にマンガン、珪素等が添加された合金鋼で、その品質は右添加する各種の合金元素の添加割合及び添加の均一性の如何等に左右されるものであるところ、本件ベアリングにおいては右添加割合に異常があつたか若しくは非金属介在物等の異物の混入があつたか又は内部に巣があつた。

(2) 本件ベアリングはこれを構成する前記各部材の材料にいわゆる「ばらつき」による著しい強度不足があり、そのため破損するに至つた。

(3) 前記各部材に熱処理の不良があつた。

(4) 前記各部材に研削加工上の不良があつた。

(5) 本件ベアリングは、前記各部材が一体的に組み合わされて構成されているところ、前記各部材の組合わせにおいて適合性の欠陥又は各部材の成形上の欠陥があり、そのため破損した。

なお、被告らは、本件ベアリングはフレーキング(疲れ剥離)から破損に至つたもので、右フレーキングの原因は〈1〉ベアリングの許容限度以上の過積み、〈2〉これの連続によるレースの疲労破損、〈3〉ベアリングに対する急激なシヨツク及びその累積、〈4〉予圧過大のいずれかであり、その内で予圧過大が最も有力な原因である旨主張するが、予圧過大による破損の場合には、レース面、テーパローラ、グリス等に焼付き、変色等の熱影響が見られるはずであるのに本件ベアリングにはそのような熱影響が見られないこと等からすると、本件事故車の場合、予圧は適正であつたものである。また、本件事故車は、購入以来、事故発生までの約二年余、補助的に使用されており、主な積荷は砕石、土砂、型枠等で過積みはしないよう注意して使用し、酷使した事実は全くなく、走行距離も本件事故時までに三万キロメートル余にすぎず、特に昭和四八年四月に車検実施後右事故までに一〇回位使用したにすぎないのであつて、右二年間においてスプリングの故障、エンジンの不調のために修理を行い、昭和四六年九月に接触事故を起こしたことはあるが、本件事故車には損傷はなく、その他これまでに本件事故車を運転中に異常を感じたこと、特に前車輪が急激、異常なシヨツクを受けたり、ハンドル、ブレーキが不調であつたこともない。但し、本件事故直前にサイドブレーキが故障し、本件事故時まで修理を行つていなかつたが、これは、本件ベアリングの破損とは関係がない。また、二度にわたる車検整備と前記各修理とを通じ、本件ベアリングを交換したことはない。

右のように、本件事故車につき許容限度以上の過積み、これの連続、或いはベアリングに急激なシヨツクを与えたようなこともなく、また、予圧も適正にかけられていたことからすると、本件ベアリングの破損原因は、右(1)ないし(5)に挙げたとおり、本件ベアリングの材質等の欠陥以外にあり得ないというべきである。

(二) 車両の場合一般に軸受破損による脱輪事故の可能性が十分予想されるところであるから、その場合に備えて車輪の外側ワツシヤーの外径をアウターレースの外径よりも大きくする等により脱輪を防止する装置を設けるべきであるのに、本件事故車両を含む同型式の車両には、右のような装置が設けられておらず、軸受が破損すればそれだけで容易に脱輪する構造になつており、右は設計上欠陥ないし過失というべきで、このことも本件事故の一因を成している。

(三) 本件の場合、車両の転落地点から約三〇メートル手前でブレーキシユーホールドスプリングが、数メートル手前でブレーキシユーアジヤスタ及びスクリユー並びにホイルシリンダーピストンがそれぞれ路上に落ちていたこと、運転手は約六〇メートル手前で制動不能となり、何度も制動をくり返したが効果がなかつたこと、右制動の際にブレーキオイルが洩出したと考えられる痕跡のあつたこと等から、左前車輪の制動装置の配管に損傷が生じたことは明らかで、仮に右損傷の有無が明らかでないとしても、本件ベアリングの破壊を契機とする脱輪によつて左前車輪のみならず、他の車輪全部が制動不能となつたもので、もし本件事故車が一車輪への配管の一部に損傷が生ずるなどして一車輪の制動が不能となつたとしても、他の車輪の制動が可能であるような二重安全ブレーキ装置が設けられていれば、本件転落は回避できたはずである。しかるに本件事故車には右二重安全ブレーキが設けられていなかつたもので、その点において本件事故車には設計上の欠陥ないし過失があつたものというべきである。右は本件事故直後の昭和四八年七月運輸省令「道路運送車両の保安基準」一二条一項五号の改正により二重安全ブレーキの設備が義務づけられ、その後本件事故車と同種の車両にも現に設備されていることからも明らかである。なお、右主張が不意打ちであり、時機に遅れた攻撃方法であるとの被告らの主張は争う。

3  (責任)

(一) 被告三菱自動車工業株式会社(以下被告三菱自工という。)は、昭和四六年一月二一日、本件事故車を製造したものであるが、同被告自体及びその社員において、その製造に際し前記2(一)のとおり欠陥のある本件ベアリングを部品として使用するという過失、更にその設計過程において、前記2(二)、(三)のとおりの過失を犯し、それがため本件事故を発生せしめたものであるから、同被告は民法七〇九条、七一五条に基づき、本件事故により生じた後記損害を賠償すべき義務がある。

更に、右被告は本件事故車の製造業者としてその品質を保証しているものであるところ、本件事故車には前記2(一)ないし(三)の欠陥があるから、担保責任に基づき本件事故により生じた後記損害を賠償すべき義務がある。

(二) 被告日本精工株式会社(以下被告日本精工という。)は、昭和四四年ないし同四五年ころ本件ベアリングを製造し、被告三菱自工に納入したものであるが、被告日本精工自体及びその社員において、その過失により前記2(一)のとおりの欠陥のあるベアリングを製造納入し、これがために本件事故を発生せしめたものであるから、同被告は民法七〇九条、七一五条に基づき本件事故により生じた後記損害を賠償すべき義務がある。

更に、右被告は本件ベアリングの製造業者として、本件ベアリングの品質を保証しているものであるから担保責任に基づき本件事故によつて生じた後記損害を賠償すべき義務がある。

(三) 被告山陰三菱ふそう自動車販売株式会社(以下被告三菱自販という。)は、昭和四六年三月一日ころ、亡常雄に、本件事故車を金一二二万円で販売したものであるが、本件事故車には前記2(一)ないし(三)のとおりの欠陥があり、売買の目的物に隠れた瑕疵があつたものというべきであるから、同被告は民法五七〇条に基づき、本件事故により生じた後記損害を賠償すべき義務がある。

また、被告三菱自販及びその社員は、本件事故車に前記2(一)ないし(三)のとおりの欠陥があることを過失により知らずして亡常雄にこれを販売したものであるから、同被告は民法七〇九条、七一五条に基づき、本件事故により生じた後記損害を賠償すべき義務がある。

4  (損害)

(一) 逸失利益

亡常雄は本件事故当時五三歳の男子で、「前沢」の屋号で土木、運送、生コンクリート及び食品小売業を営み、昭和四七年度は金七〇〇七万一〇四四円の総売上高があつたところ、一般に島根県隠岐郡における土木業者の平均的利益率は一割程度で、運送業等についても右利益率を下らないから、同人の右年度の利益は少なくとも金七〇〇万七〇〇〇円で、同人の右営業に対する寄与率を八割、生活費を三割とすると、同人の純利益は金三九二万三九二〇円となる。しかして、同人の事業は上向きで、島根県などの実施する安定した公共事業を継続的に受注し、指名入札A級にランクされており、このような業種は過去の実績、経験が大きくものをいうことなどからすると、同人は、本件事故がなければ七三歳までの二〇年間稼働し、毎年少なくとも昭和四七年度と同額の純利益を得られたはずで、右額から年五分の割合による中間利息をホフマン方式により控除すると、同人の得べかりし利益喪失による損害の現在価額は金四八九〇万円(一万円未満切捨て)となる。

(二) 亡常雄本人の慰藉料

亡常雄は本件事故により死亡し、多大の精神的苦痛を被つたが、これが慰藉料は金九〇〇万円が相当である。

(三) 相続

原告是津ミツエ(以下原告ミツエという。)は亡常雄の妻、原告是津輝和(以下原告輝和という。)、同是津澄代(以下原告澄代という。)、同和文は亡常雄の子であるところ、右(一)(二)の損害賠償債権を法定相続分に従い、原告ミツエは三分の一である金一九三〇万円、原告輝和、同澄代、同和文はそれぞれ九分の二である金一二八六万円ずつ相続により取得した。

(四) 原告ら固有の慰藉料

原告らは、一家の大黒柱であつた亡常雄を本件事故により失い、隆盛であつた家業も壊滅的打撃を受け、しかも原告和文は、本件事故により業務上過失致死の容疑で捜査を受けるなど、原告らの被つた精神的苦痛は筆舌に尽くし難く、これが慰藉料は、原告ミツエにつき金三〇〇万円、原告輝和、同澄代、同和文それぞれにつき金二〇〇万円ずつが相当である。

(五) 葬儀費用

原告らは亡常雄の葬儀を執り行い、この費用として金六〇万円を支出した。

(六) 弁護士費用

原告らは、本件訴訟の提起、追行を原告ら訴訟代理人らに委任し、手数料及び報酬として既に支払い、又は、支払いを約した弁護士費用のうち、被告らの負担すべき額は原告ミツエにつき金一三〇万円、原告輝和、同澄代、同和文それぞれにつき金八五万円ずつが相当である。

よつて、被告らそれぞれに対し原告ミツエは金二三七五万円の、原告輝和、同澄代、同和文はそれぞれ金一六八六万円の損害賠償債権を有しているところ、その一部(原告らは、自動車損害賠償責任保険から金五〇〇万円の支払を受けているが、本件の場合は控除すべきか否かは疑問であり、仮に控除すべきものとすれば、その残額の一部)として原告ミツエは金一四三〇万円、原告輝和、同澄代、同和文はそれぞれ金九三五万円及び右各金員に対する本件訴状送達の日の翌日である昭和四九年八月二八日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求の原因に対する認否

(被告三菱自工、同三菱自販)

1  請求の原因1の事実は知らない。

2  同2冒頭の主張は争う。同(一)冒頭の主張事実中、本件事故車の走行中に本件ベアリングが破損し、左前車輪が車軸から脱輪したこと、本件ベアリングが本件事故車の製造時に取り付けられた、原告ら主張のいわゆる純正品であること、それがアウターレース、インナーレース、テーパローラ、受籠(正しい名称は保持器である。)から構成されていることは認めるが、本件事故の原因及び本件ベアリングの破損原因についての原告らの主張は争う。

同2(一)(1)のうち、本件ベアリングにおいては合金元素の添加割合に異常があつたか若しくは非金属介在物等の異物の混入があり、又は内部に巣があつたとする主張は争う。

本件ベアリングの材料として使用されているのは高炭素クロム軸受鋼であり、右軸受鋼はベアリング用鋼材として開発され、既にベアリング業界において八〇年間にわたつて使用されてきた合金であつて、その製造工程は、まず一流軸受鋼メーカーの下で、原材料の電気炉での浴解、添加物の投入→真空脱ガス処理→脱酸素処理→インゴツト→均熱処理→分塊圧延→ビレツト→丸棒完成、という順序を経て丸棒型の本鋼材が製造され、同鋼材が被告日本精工に納入されると、更に、同被告の下で、丸棒切断→ドーナツ状に熱間鍛造→冷間鍛造→アウターレース、インナーレースの成形・分離→熱処理(焼入れ、焼戻し)→研削加工→組立てと行われてベアリング完成となるものである。そして、その間まず電気炉内での溶鋼状態のうちに発光分光分析機で軸受鋼としての適正な化学成分になるよう調整され、次に真空脱ガス処理によつてガス不純物が除去され、更にインゴツトとなつた後均熱処理によつて合金元素の拡散・均一化が行われ、その後分塊圧延工程で、不純物が多いインゴツト上部を一定の長さだけ切り捨てるいわゆるトツプ管理がされ、以上により良質の部分だけ残されたビレツトの全数について、磁粉探傷検査で表面の傷の、超音波探傷検査で内部の介在物の各検査が実施され、しかも丸棒の完成品全数につき、更に渦流探傷検査で表面の傷の検査が実施されるものであつて、このように軸受鋼の品質管理は万全が期されている。したがつて、本件ベアリングの材料である右軸受鋼に、原告ら主張のような材質上の欠陥が存在する可能性はないというべきである。またアウターレース、インナーレース、テーパローラの製造工程では、材料は軸方向に圧延されているのであるから、仮に原告ら主張の介在物があつたとしても、これも軸方向に延ばされ、円周方向には延びることがないので、右介在物が原因で、アウターレースが円周方向割れを起こすことはあり得ない。

同2(一)(2)の主張は争う。一般に、ベアリングのレース面又はローラのいずれかにころがり疲れによる損傷が生ずるまで、即ち、最初のフレーキングが現われるまでに回転した総回転数をベアリングの寿命というが、この寿命は同一のロツトで製造された一群のベアリングを同一条件下で運転しても大きくばらつくものである。その原因はベアリングの材料が悪いためでなく、ころがり軸受においては、接触部分において応力を受ける部分の体積が極めて小さいため右応力が、いかなる材料内部にも不可避的に存在する微細な欠陥を探り出すような作用をするためであつて、右作用機序にかかわる要因は極めて多く、また、それらは複雑に影響し合うので、その解明は非常に困難であり、現在でもごくその一部しか明らかとなつていない。そのため材料の選択、加工等における過誤が存在せず、また、種々の検査を実施して完全無欠と認められる製品を同一の使用条件下において使用しても、その寿命に「ばらつき」が生じるのであつて、そのこと自体はいわゆる欠陥には該当しない。

同2(一)(3)の主張は争う。熱処理は、ベアリングとして適当な硬さと靱性をもたせるために焼入れ、焼戻しを行うもので、右は炉内温度や雰囲気温度が自動管理されている連続的雰囲気炉によりロツト単位で行われ、そこではアウターレース、インナーレース、テーパローラそれぞれについて抜取りによる硬さ検査と顕微鏡組織検査を行つてロツト保証をしており、このような工程からして仮に熱処理で不良を出した場合には何万個という単位で不良となるもので、過去このような事故は一件もない。

同2(一)(4)の主張は争う。研削加工は砥石により仕上げ面を良くし精度を向上させることを目的とするもので、右は自動定寸装置のついた機械で行われるので、高い精度が維持されている。そのうえ、検査員が巡回検査をし、寸法、精度、形状、粗さなどの保証を行い、更に、各部品が組立てられた後、音響検査、外観検査を全数について行つて、品質の総合的保証をしており、本件ベアリングの破損に結びつくような不良が発生することはあり得ない。

同2(一)(5)の主張は争う。

本件ベアリングはフレーキング(疲れ剥離)から破損するに至つたものであり、その原因としては、〈1〉ベアリングの許容限度以上の過積み、〈2〉これの連続によるレースの疲労破損、〈3〉ベアリングに対する急激なシヨツクの累積、〈4〉予圧過大の四つが考えられるが、その中でも特に予圧過大が最も有力な原因である。

3  同2(二)の主張は争う。一般にワツシヤーの外径は、六角ナツトの外接円よりも大きくするが、それをどの程度に大きくするかは、ハブキヤツプを外しただけでアウターベアリングの外側からその潤滑状態を容易に点検確認し得るように小さくするか、又は、万一高熱が発生しベアリングを潤滑するグリスが溶解した場合に、そのグリスのハブキヤツブ側への流出を防止し得るように大きくするかの考慮によるもので、軸受が破損した場合に脱輪を防止するためにワツシヤーを大きくするものではなく、また、ワツシヤー程度の強度のもので軸受破損後なお走行する車両の重量を支えることはできない。仮に車両の重量を支えられる程の強度のワツシヤーを作つたとしても、軸受が破損した後走行すれば、この部分に高熱を発して焼付きを生じ、かえつて重大な事故をもたらし危険である。

同2(三)の二重安全ブレーキに関する原告らの主張は時機に遅れた攻撃方法であるから却下されるべきである。そもそも右主張は弁論終結にあたり当事者双方で従来の主張を整理する最終準備書面を、提出したところ、原告らが右被告らの最終準備書面に対する反論のためとして提出した準備書面において初めてなされたもので、右主張についてはこれまで何らの審理も経ていないから改めて事実審理が必要であり、この時機に至つて右のような新主張を提出するのは不意打という他はなく、時機に遅れた攻撃方法というべきである。

仮に、却下されないとするならば、同2(三)の主張は争う。本件事故車は昭和四六年一月二一日に製造されたものであるのに対し、道路運送車両の保安基準の改正は右製造後の昭和四八年七月であるから、本件事故車の製造に右保安基準の違反はなく、また、一般に、保安基準に適合していても車両に欠陥ありとなし得る場合というのは、それが明らかに放置し難い瑕疵とみうるようなものである場合に限られるべきであるところ、ブレーキについては、従前からフツトブレーキとハンドブレーキとを独立系統のものとし、これによつて二重の安全を図り、これが自動車製造の常識となつていたもので、昭和四八年の右改正は、フツトブレーキ、ハンドブレーキ二本建てによる二重の安全に対し、より一層の安全を期して、いわば三重の安全を図つたものであり、それ以前の車両がこれを欠くことを以つて右にいう明らかに放置し難い欠陥とはみなし得ないものである。

のみならず、本件においてアウターベアリングが破損したとしても本件死亡事故は回避し得たにかかわらず、左記(一)ないし(五)のとおりの原告らの過失によりこれをなさず、それがため発生したものである。

(一) 運転者は、運転中の異音及びハンドルのとられ等に注意すべきであり、本件において運転者である原告和文がその注意をしていたならば異常に気づいたはずであるのにこれを怠り、破壊の前兆を看過し漫然運行を継続したため、本件事故に至つたものである。

(二) 運転者である原告和文は、車両落下地点の約五〇メートル手前で異常に気付きフツトブレーキをかけて停止することが可能であつたのにこれを怠り、漫然走行したため本件事故に至つたものである。

(三) 仮に、右地点でフツトブレーキが効かなかつたとしても、ハンドブレーキをもつて制動すれば停止することが可能であつたにもかかわらず、ハンドブレーキの整備不充分のためこれをなし得なかつたことが本件事故を招いたものであるところ、ハンドブレーキの整備不良は車両管理者である亡常雄の、かかる整備不良車をそのまま使用したのは運転者である原告和文の、それぞれ責任であるというべきである。

(四) 本件事故車は左前輪が脱落して操舵力が悪化しても人力を以つて十分に操舵し得るのであつて、転落に至つたのは運転者である原告和文のハンドル操作の不適切によるものである。

(五) 亡常雄が死亡するに至つたのは、同人が法律上の禁止に違反し、土砂を満載した荷台に塔乗していた為である。

5  同3(一)のうち被告三菱自工が昭和四六年一月二一日に本件事故車を製造したことは認めるが、その余の主張は争う。

同3(三)のうち被告三菱自販が昭和四六年三月一日、亡常雄に本件事故車を金一二二万円で販売したことは認めるが、その余の主張は争う。

6  同4の主張は争う。

(被告日本精工)

1  請求の原因1、2(一)、4に対する認否は、いずれも被告三菱自工、同三菱自販と同一である。

2  同3(二)のうち、被告日本精工が昭和四四年ないし同四五年ころ(正確には昭和四五年一〇月から同年一一月にかけての時期である。)本件ベアリングを製造したことは認めるが、その余の主張は争う。

三  被告三菱自工、同三菱自販の抗弁

原告らは、本件事故につき、自動車損害賠償責任保険から金五〇〇万円、自動車対人賠償責任保険(任意)から金一〇〇〇万円を、それぞれ受領しているので、これらを損害額から控除すべきである。

四  抗弁に対する認否

抗弁事実は争う。

第三証拠〔略〕

理由

一  (事故の発生)

原告らと被告ら間に成立に争いのない甲第一ないし第三号証、第五ないし第七号証、第八号証の二、第九号証の二、鑑定証人佐々木忠久の証言、原告是津和文本人尋問の結果に弁論の全趣旨を総合すると、昭和四八年六月三日午前一〇時三〇分ころ、原告和文が本件事故車を運転して島根県隠岐郡五箇村大字山田地内主要地方道上を東方に向けて走行し、五箇大橋から北東約二・四キロメートルの地点に差しかかつた際、同所は幅員五・七メートルの砂利敷きの非舗装道路で、五パーセント(水平距離一〇〇メートルに対し五メートルの高低差)の下り勾配となつており、かつ、右曲がりの急カーブとなつているので、フツトブレーキ(油圧式)を踏んだところ、同カーブの手前約五〇メートルの地点から右フツトブレーキが効かなくなり、次いで、同カーブにおいてハンドルを右に切つたけれども、本件事故車はそのまま直進して高さ約二・一メートルの道路脇に転落し、よつて、後部荷台の積荷上に乗車していた亡常雄が、顔面、胸部を強度打撲し、同日午前一一時三〇分ころ死亡するに至つたこと、右事故は、本件事故車が走行中、その左前輪の本件ベアリングが破損した(本件事故車の走行中に本件ベアリングが破損したことは当事者間に争いがない。)結果、左前車輪タイヤがハブ及びブレーキドラムごと車体から外側に移動し、このため左前車輪の車軸側にあるブレーキライニングと車輪側にあるブレーキドラムとの間に間隙が生じ、やがて脱輪によつて相互に全く接触不能となつて同車輪に係る制動装置の機能が失われ、これに加え、前記の車輪移動に伴い、同カーブ地点付近に至り、ホイルシリンダー(油圧の作用でブレーキシユー、したがつてブレーキライニングをブレーキドラム側に押し出す装置)のアジヤスタ、スクリユー、ホイルシリンダーピストンの各部品が脱落したことから、右シリンダー内のブレーキオイル洩れが生じ、そのため四輪全部について油圧の低下が起こり、その結果、他の車輪に係る制動装置も作動しなくなつたことと、右脱輪によつてハンドル操作が不能となつたことによるものであることが認められ、証人高木昌三の証言中右認定に反する部分は措信できず、他に右認定を左右する証拠はない。なお、原告らと被告三菱自工、同三菱自販との間で成立に争いがなく、被告日本精工との関係では証人高木昌三の証言により成立が認められる乙第一号証及び同証言によると、左前車輪が脱輪してもハンドル操作により、本件事故地点と同程度のカーブを曲がることができるとする実験結果の存在することが認められるが、右は本件事故現場とは著しく様相を異にする平担な舗装コースでの実験結果にすぎないので、これによつて右認定を左右するに由ないものというべきである。

二  (欠陥、瑕疵の有無)

1  原告らは、まず、本件ベアリングが右のように破損するに至つたのは材質上の欠陥すなわちそれを構成する各部材における合金元素の添加割合に異常があつたか若しくは非金属介在物等の異物の混入があり、又は内部に巣があつたことによるものである旨主張し、原告是津和文本人尋問の結果、及び甲第八号証の二、鑑定証人佐々木忠久の証言(以下合わせて佐々木鑑定という。)を援用する。

そこで、右の各証拠を検討するに、右原告是津和文本人尋問の結果によると、本件事故車は亡常雄が昭和四六年三月一日に被告三菱自販から新車として購入し、それ以来土木資材の運搬用として使用していたところ、昭和四八年三月初旬にエンジン修理のため訴外前川自動車商会に預け、そのまま同年三月三一日から、引き続き車検のための分解整備を実施したこと、この際、本件ベアリングを分解して検査したが、レース面やテーパローラには損傷等の異常は全くなかつたこと、右車検の時点で、本件事故車の走行距離は合計三万三三九五キロメートルで、右車検後本件事故に至るまでの二か月間のうち、合計約一〇日間だけ本件事故車を使用し、その間の走行距離は合計して八八七キロメートルにすぎなかつたことが認められ、また佐々木鑑定によると、同人は本件事故の昭和四八年六月八日、島根県警察本部刑事部鑑識課から本件事故車が走行中に制動不能となつた原因について鑑定を依頼され、当時現存した本件ベアリング等を資料として検討を加えた結果、右制動不能の原因は本件ベアリングが破損したため左前車輪がハブ及びブレーキドラムごと脱輪したことにあり、また、本件ベアリングが破損した原因については、通常予圧(プレロード)の調整の不適切ということが考えられるが、本件の場合、ベアリングに焼付きがなかつたこと、ハブナツトのねじ部に損傷がなかつたこと、ハブナツトの締付け具合を、左右前車輪のハブナツトが外れるまでの回転数の異同で調べたところ、左前車輪に係る右回転数は予圧の調整が正常であつた右前車輪と同一であつたこと、更にハブ内のグリスに変色がなく、その量も正常であつたことなどからして左前車輪の予圧の調整の不適切はなく、結局、破損の原因としては、ベアリングの許容限度以上の過積み、これによるレースの疲労破損、ベアリングの材質等の欠陥のいずれかによるものと考えられるところ、本件ベアリングのうち、アウターレースだけが円周方向に割れるという特異な破損状況を示しており、かつ、テーパローラに回転方向の損傷がないことからして、本件ベアリングの破損は、いわゆる「一発破壊」により、一瞬のうちに破損したことが窺われ、右の点も併せ考えると、本件事故車の場合、右各可能性のうちベアリングの材質等の欠陥を原因中から除外することはできず、それが重要な影響を及ぼしているものとみるべきであると結論づけていることが明らかである。

そして、また、前掲甲第七号証、第九号証の二、鑑定人兼証人岡本純三尋問の結果、同人の鑑定の結果及び佐々木鑑定を総合すると、本件ベアリングはアウターレース、インナーレース、テーパローラ(全部で一七個)、ローラ受篭の各部品から構成されているところ、本件事故後、右のうち、アウターレース、テーパローラ(全部)、ローラ受篭のいずれもが脱輪した左前輪のハブ内から発見されたが、右のうちアウターレースは円周方向に幾つにも割れ、ハブの所定の箇所には二分の一程度残り、他は粉々になつてグリス内に混入しており、またすべてのテーパローラには軸方向の掻き傷、打ち傷がついていて、ローラ受篭の網全部が破損していたが、右アウターレース、テーパーローラ、ローラ受篭のいずれにも熱による変色は見られなかつたこと、ハブ内には変色のない良質のグリスが十分に存在し、なおこれには鉄粉が混入していたこと、一方、インナーレースは、車軸上に、所定の箇所よりわずかに内側に移動した状態でついており、レース面の一部が軸方向に一センチメートル程欠けていたほかローラガイドが数か所欠けていたが、いずれも熱の影響による変色等は見られなかつたこと、また、左前輪のインナーベアリングには破損や熱による変色は見られなかつたことがそれぞれ認められる。なお右の点に関し証人高木昌三、同寺本晃、同須藤重義は、本件ベアリングには熱による変色が見られる旨証言するが、右証言は、いずれも甲第八号証の二に添付された本件ベアリングを撮影したカラー写真の色調から判断したものであつて、前掲各証拠と対比するとにわかに採用することができず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

しかしながら、一方、前掲甲第七号証、成立に争いのない甲第四号証、第一〇、第一一号証、原告らと被告日本精工との間で成立に争いがなく、被告三菱自工、同三菱自販との関係では証人寺本晃の証言により成立の認められる丙第二号証、第五号証、原告ら及び被告三菱自工、同三菱自販の関係では右証言により成立の認められる丙第一号証、第四号証、同じく同証言によりタクシー前輪、トレーラー前輪、トレーラー前輪、トラツク前輪の各アウターベアリングを撮影した写真であると認められる丙第三号証の一ないし四、同証言、証人須藤重義、同高木昌三の各証言、鑑定人兼証人岡本純三尋問の結果、同人の鑑定の結果及び原告是津和文本人尋問の結果を総合すると、予圧は、テーパローラとレース面との間に隙間があると、ローラに局部的な力がかかることになり、それがベアリングの破損の原因となるので、その隙間をなくすためにかけるが、過大にかけるとローラの回転が窮屈になつてグリスが潤滑しなくなるために焼付きを起こす原因となり、逆に過小であるとローラの回転に余裕がありすぎ、ローラの一点がレース面に当たることになるため破損の原因となること、本件事故車の場合は、まず、一五キログラムメートルのトルクでハブナツトを締付けてベアリングを落ちつかせ、その後、一旦、ハブナツトを完全に戻し、再度五キログラムメートルのトルクで締付け、その状態から八分の一回転だけ戻した位置で割ピンを刺し込むようにし、そこでピンが入らなければ更に戻す方向でナツトをピンの入る位置まで戻すが、右穴の数及び位置の関係から戻す場合の最大回転角度一五度以内、軸方向の距離にして〇・〇六ミリメートル以内で調整するようになつており、右の方法によつて得られる適正予圧は一〇・八ないし七七キログラムの予圧荷重となるところ、ハブナツトを一五キログラムメートルのトルクで締付け全く戻さなかつた場合には二・五トンの予圧荷重がかかることになる結果、ベアリングの寿命、即ち、材料が疲労し、アウターレース、インナーレース、テーパローラの各部材の表面のいずれかに疲れ剥離が生じるまでの総回転数は、本来の四〇〇分の一に低下するが、その場合でもハブナツトの軸方向に進む距離は僅か〇・四ミリメートルにすぎず、ハブナツトとの製作上許されるねじ切り等の長さの誤差である公差からしても、肉眼若しくは移動量及び回転数から予圧が適正か否か判断することは不可能であること、また、予圧不足の場合にハブナツトのねじ部に損傷を生じることもあるが、生じないこともあること、また、ベアリングに焼付き、熱による着色をもたらすか否かは潤滑材の潤滑能力と発熱量との兼合いによつて、また発熱量は、荷重と回転速度によつて決まるところ、時速四〇キロメートルで走行した場合にはベアリングの回転は毎分三〇〇〇回転程度で、ベアリングの回転としてはむしろ低速回転に属し、しかも本件事故車については前記のように事故後ハブ内に良質のグリスが十分に残つていたことからしてベアリングの焼付き、変色の有無から予圧が適正であつたか否かを判断することはできないこと、更に、ベアリングのアウターレースが円周方向に割れる場合の原因として理論上は材質上の欠陥に基因するものと、応力に基因するものとが一応考えられるが、応力による場合には軸方向に対して引張り応力が加わる必要があるところ、この引張り応力の原因としては予圧と、予圧以外の荷重のいずれかが考えられるが、予圧以外の荷重によつて、ベアリングが破損するということ自体極めて可能性が低く、また、本件ベアリングの幾可学的形状からすると、右荷重によつて発生する応力はむしろ軸方向に作用し、円周方向割れの原因となる可能性は皆無に等しいこと、他方、予圧が軸方向の引張り応力として作用する力は極めて大きく、実験例では、予圧過大の状態でベアリングを回転させると比較的短期間に疲れ剥離を生じるばかりでなく、アウターレースが円周方向割れを起こすが、その場合、テーパローラには円周方向でなく軸方向の損傷が生じること、また、予圧過大でアウターレースが円周方向割れを生じる事故例は、稀にではあるが存在し、ベアリング関係者の間では既知のこととされていることが認められ、佐々木鑑定中右認定に反する部分は前掲証拠と対比して採用できず、他に右認定を覆す証拠はない。

更に、前掲丙第二号証、証人寺本晃の証言、鑑定人兼証人岡本純三尋問の結果及び弁論の全趣旨を総合すると、アウターレースの円周方向割れが材質上の欠陥に基因する場合もあり得ることは前記のとおりであるが、その場合右欠陥は円周方向に延びたものでなければならないこと、またそもそも右材質における割れ強度は材料中の非金属介在物の量に左右され、日本工業規格(JIS)では、この非金属介在物の量につき、「清浄度」なる基準値が定められていること、ところで、被告日本精工はベアリングの材料である高炭素クロム軸受鋼を、訴外山陽特殊製鋼株式会社、同大同特殊鋼株式会社、同日本高周波鋼業株式会社等の、いわゆる特殊鋼メーカーから購入しており、これらのメーカーでは原材料であるスクラツプ鋼材を電気炉内で溶解し、この間に炭素、クロム、マンガン等の添加物を加えたうえ、溶解が完了すると同時に溶鋼を取り鍋に移し、不純物、ガス成分等の非金属介在物を除去するため真空脱ガス処理及び脱酸素処理を行うが、右処理により非金属介在物の量は極度に少なくなり、前記日本工業規格の「清浄度」基準値ではA系(硫化物系)、B系(アルミナ系)、C系(粒状酸化物系)がそれぞれ〇・一〇パーセント、〇・二〇パーセント以下と定められているところ、これが前記処理により、いずれもが〇・一〇パーセント以下となること、その後右溶鋼を鋳型に注入してインゴツトに造形し、分塊圧延工程を経てビレツトにするが、その間鋳型注入の際、ホツトスカーフイング処理によつて表面に附着した不純物を取り去り、その後均熱処理によつて合金元素の拡散・均一化を行つたうえで、更に、インゴツトの上部(いわゆるトツプ)に不純物が多く集まり、また、その下部にもこれが若干残るので、なお安全をみて所定の長さだけ両端を切り捨て(いわゆるトツプ管理)、その残つた部分を圧延してビレツトにし、次いで、これを丸棒に成型したうえ、被告日本精工に納入すること、またこの間、最初の溶鋼段階で電気炉からサンプルを取り出し、発光分光分折機で化学成分の均一性についての検査分ほか、ビレツト段階で、全数について超音波探傷検査と磁気探傷検査とを行い、前者で内部の介在物や折り込み傷の有無を、後者で表面の傷の有無をそれぞれ検査していること、被告日本精工では、右納入に係る丸棒を円筒型に切断したうえ、熱間鍛造でドーナツ状にし、更に冷間鍛造を経た後、右ドーナツ状切片の外側をアウターレース用、内側をインナーレース用に、それぞれ旋盤で切断、分離して製造し、一方テーパローラは、右丸棒を更に線状に圧延し、これを円筒状に切断したうえで、円錐形にプレス成型し、またローラ受篭は板材をお椀形にプレス成型してそれぞれ製造するが、その間にも抜き取り検査を行い、これらを組立てた後にも全数につき外観検査、音響検査を行つていること、そして、右のような製造工程で製造され、しかも幾次にもわたる検査を経ることからして、鋳物と異なり材料内部に巣というものは存在することが不可能で、また、前記のとおり非金属介在物の量は極度に少なくなつているばかりでなく、右一連の工程において、材料は一貫して軸方向に圧延されているから、仮に非金属介在物等が存したとしても、これも軸方向に延びて存在し、従つてそれは軸方向割れの原因とはなつても、本件ベアリングのアウターレースに見られるごとく、円周方向割れの原因となる余地がないものであることが認められ、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

以上のとおり、本件各証拠を彼此対比検討すると、佐々木鑑定が予圧適正の根拠として挙げる各事実から当時本件事故車の左前車輪の予圧が適正であつたと直ちに推認することはできず、また本件事故が購入後約二年三か月、僅か数万キロメートル走行したにすぎない時点で発生したこと及び本件ベアリングのうちアウターレースだけが円周方向に割れるという特異な破損状況を示していることなどから、本件ベアリングの各部材に合金元素の添加割合の異常、非金属介在物等の異物の混入、巣の存在等の材質上の欠陥があつたと推認することもできず、結局前記原告是津和文本人尋問の結果部分及び佐々木鑑定も直ちに採用することができず、他に原告ら主張事実を認めるに足る証拠もない。

2  次に、原告らは本件ベアリングを構成する各部材の「ばらつき」による著しい強度不足があつた旨主張するので、その点について判断するに、前掲丙第四、第五号証、成立に争いのない甲第二四号証、第三〇号証、証人寺本晃、同須藤重義の各証言、鑑定人兼証人岡本純三尋問の結果及び同人の鑑定の結果を総合すると、ベアリングにおいては、前記のとおり、材料が疲労し、アウターレース、インナレース、テーパローラの各部材の表面のいずれかに疲れ剥離が生じるまでの総回転数を寿命と呼んでおり、同寿命は、荷重の影響と材料の強度との相関関係で決定されるが、材料の強度については、「ばらつき」が大きく、同一のロツトから製造された軸受を全く同一条件で使用しても寿命は五〇倍から一〇〇倍の差ができるので一〇〇パーセントの寿命は保証できず、一般に全体の九〇パーセントの製品が耐えられる寿命を定格寿命として定義しており、一〇〇パーセントのものの寿命即ち最低寿命については実験データから求める以外になく、我国工業技術院機械技術研究所で行つた実験によれば、九九パーセントのものを保証しようとすると右定格寿命の〇・二六倍、九九・九パーセントのものを保証しようとすれば右定格寿命の〇・一三倍となり、現在知られている最も寿命の短いものは、米国のタリアンの行つた実験例で〇・〇四倍というベアリングが存したこと、本件事故車の本件ベアリングの定格寿命は空車の場合が三九五万キロメートル、積荷を積載した場合が一一八万キロメートルであり、仮に本件ベアリングが最も寿命の短い定格寿命の〇・〇四倍のものであつたと想定し、しかも、積荷のある場合と空車の場合と半分ずつで走行したと仮定すると最短寿命は一〇万キロメートル前後となること、他方、ベアリングの寿命に対する荷重(予圧を含む。)の影響は大きく、日本工業規格では、寿命は、荷重の三・三乗分の一で作用されるものとされており、右荷重のうちでも特に予圧の与える影響は大きく、仮にハブナツトを一五キログラムメートルのトルクで締付けた場合には、軸受に対し二・五トンの荷重をかけたことに相当し、定格寿命は四〇〇〇キロメートルとなり、三〇キログラムメートルのトルクで締付けた場合には、定格寿命は四〇〇キロメートルとなることがそれぞれ認められるところ(他に右認定を左右するに足る証拠はない。)、本件ベアリングの予圧が適正であつたか否か明らかでないことは前記のとおりであり、そうであるとするならば、結局本件ベアリングが「ばらつき」によつてその強度が著しく劣り、それがため破損したものと断定することはできないものといわざるを得ず、他に右事実を認めるに足る証拠もない。

3  次に、原告らは、本件ベアリングの各部材に熱処理の不良があつたと主張し、鑑定証人佐々木忠久の証言中に右の趣旨に沿うとみられる部分が存在するが、右証言も可能性の存在を指摘するにとどまり、一方前掲丙第二号証、証人寺本晃の証言によると、被告日本精工では、ベアリングの部材のうち、アウターレース、インナーレース及びテーパローラについては、前記認定のとおり最後の研削の工程を行う前の工程で、材料に適当な硬度と靱性を持たせるために焼入れ、焼戻しと呼ばれる熱処理を行つており、同熱処理は摂氏八二〇度に加熱した後に、摂氏一七〇度で焼戻すという方法によつているが、右熱処理の過程については自動的な温度管理が行われているほか、製品の硬度、組織の検査を抜取りで行つていること、また、熱処理は相当数の部材を同一ロツトで行つており、万一熱処理の不良が生じた場合には右全部の部材が同時に不良になるはずであるが、過去において熱処理の不良による事故は起きていないことが認められる(他に右認定を左右する証拠はない。)から、右事実と併せると、前記証言部分をもつて原告ら主張事実を認めることはできず、他にこれを認めるに足る証拠もない。

4  次に、原告らは、本件ベアリングの各部材に研削加工の不良があつたと主張し、鑑定証人佐々木忠久の証言中に右の趣旨に沿うとみられる部分が存在するが、同証言部分は右3と同様その可能性の存在を指摘するにとどまり、一方前掲丙第二号証、証人寺本晃の証言、鑑定の結果によると、被告精工では、アウターレース、インナーレース、テーパローラ製造の最後の工程で研削処理が行われるが、これは、機械による自動的な工程であり、最後に全数につき寸法検査、形状検査、粗さ検査の各検査が実施されていることが認められる(他に右認定を左右する証拠はない。)から、右事実と併せると、前記証言部分をもつて原告ら主張事実を認めることはできず、他にこれを認めるに足る証拠もない。

5  次に原告らは、本件ベアリングには前記各部材の組合わせにおいて適合性の欠陥又は各部材の成形上の欠陥があつた旨主張する。

本件ベアリングがアウターレース、インナーレース、テーパローラ、ローラ受籠から構成されていることは前記認定のとおりであるが、本件全証拠によるも本件ベアリングに前記各部材の組合わせの不適合や成形上の欠陥があつたものとは認めるに足る証拠はない。

6  次に原告らは、本件事故車には、前車輪外側軸受が破損した場合に備えて外側ワツシヤーの外径をアウターレースの外径よりも大きくする等により脱輪を防止する装置が設けられていなかつたとし、このことをもつて本件事故車には欠陥があつた旨主張するので、その点について判断する。

鑑定証人佐々木忠久、証人高木昌三の各証言によると、本件事故車のハブボルトを締める際に本件ベアリングとの間に入れる座金であるワツシヤーの外径がアウターレースの外径よりも小さかつたこと、本件事故後本件事故車の新型車である「充実キヤンター」は、他の設計変更と合わせてワツシヤーの外径をアウターレースの外径よりも大きくしたことが認められるが、一方右各証言によると、ワツシヤーの外径をどの程度の大きさにするかは、アウターレースの外径よりも小さくしてベアリングの状況を点検するのに都合のよいようにするか、それとも大きくしてベアリング内のグリスが加熱によつて溶解した場合にグリス止めの役目をワツシヤーに持たせるようにするかという面からの選択の問題で、脱輪防止という面は考慮されておらず、各自動車メーカーとも、ワツシヤーの外径を大きくするか否かはまちまちで、被告三菱自工以外のメーカーの場合、ワツシヤーの外径を大きくしているのは訴外東洋工業株式会社のタイタンだけで、訴外いすゞ自動車株式会社のニルフ、訴外トヨタ自動車工業株式会社のキヤブオールなどはワツシヤーの外径を小さくしていること、また、仮にワツシヤーをアウターベアリングが破損した後も車両が走行できる程に大きくしかつ強度をもたせた場合には、一旦、ベアリングに焼付きを生じたときにワツシヤーの部分も一緒に焼付くこととなり、これにより片側車輪だけがロツクしてしまう結果となり、かえつて危険をもたらすことが認められ、他に右認定を左右する証拠はない。そうだとするならば、本件事故車の車輪外側ワツシヤーの外径をアウターレースの外径よりも大きくしていなかつたことをもつて本件事故車に欠陥があつたものということはできないし、また、本件全証拠によるも、ベアリングの破損による脱輪事故が多発するなど製造者において、脱輪防止装置を設けるべき特段の事情があつたものとも認められないから、他に特別の脱輪防止装置を設けなかつたことをもつて、本件事故車に欠陥があつたものということはできない。

7  更に原告らは本件事故車に二重安全ブレーキが設けられていなかつたことをもつて本件事故車には欠陥ないし製造上の過失があつた旨主張しているところ、被告三菱自工、同三菱自販は、原告らの右主張は時機に遅れた攻撃方法であり、却下されるべきである旨主張しているので、まず、この点について判断する。

ところで、原告らの右主張が昭和五四年七月三一日の第二六回口頭弁論期日に同月二四日付け準備書面による陳述によつて初めてなされたものであることは本件訴訟上明らかなところであるが、右二重安全ブレーキの点については、昭和五一年五月四日の第九回口頭弁論期日における双方申出の鑑定証人佐々木忠久及び同年一一月三〇日の第一二回口頭弁論期日における被告らの申出の証人高木昌三に対する各尋問においてその点に関する供述がなされているうえ、原告らは右主張提出に伴つて新たな証拠方法を申し出ることなく、次回の第二七回口頭弁論期日において弁論の終結がなされたことは本件訴訟の経過からして明らかなところであるから、右主張の提出は被告らに対し不意打ちということはできないし、また訴訟遅延をもたらすものでもないから、時期に遅れた攻撃方法ということはできない。したがつて、被告らの右主張はその理由がないものというべきである。

そこで、以下、二重安全ブレーキを設けなかつた点が欠陥ないし製造上の過失に当たるか否かを判断するに、本件事故車が構造上二重安全ブレーキの装置を有していなかつたことは当事者間に争いのないところであり、本件事故において、事故車の左前輪のホイルシリンダーのアジヤスタ、スクリユー、ホイルシリンダー、ピストンの各部品が脱落し、その際右シリンダー内のブレーキオイル洩れが生じ、しかるに本件事故車の油圧式ブレーキにおいては、四輪全部の油圧配管が連結されていたので全体として右油圧の低下が起こり、このため、他の車輪に係る制動装置も作動しなくなつたものであることは前記一において認定したとおりで、また成立に争いのない甲第三五号証、鑑定証人佐々木忠久、証人高木昌三の各証言によると、本件事故後である昭和四八年七月に運輸省令の道路運送車両の保安基準において、主制動装置の配管の一部が損傷した場合においても二以上の車輪を制動することができる構造であることを要すると改正され、そのため、その後に製造された前記「充実キヤンター」においては前二輪と後二輪の油圧式ブレーキの配管を独立二系統とされたことが認められるが、他方、右認定事実から明らかなように、本件事故当時は保安基準上二重安全ブレーキであることは必要とされず、しかも右各証拠及び前掲甲第七号証によると、本件事故車にはサイドブレーキが設けられており、もともとサイドブレーキは、車両が停止した場合に自走により動き出さないようにするほか、万一、主制動装置が破損した場合に、これと独立して機能する緊急制動用としての働きを目的としたものであつて、本件事故当時の保安基準では空車の状態で五分の一勾配の坂道で停止できる機能をもたせることとなつており、被告三菱自工においては本件事故車と同型車の場合、積荷が二トン、走行速度三〇キロメートルの条件の下で、サイドブレーキだけを使用して一七・七メートルの走行距離で停止できるよう設計製造したことが認められ、他に右認定を左右する証拠はない。

そもそも自動車のような本来的に危険性を有するものの製造に当たつては、単に保安基準に適合しているからといつて直ちに欠陥ないし製造上の過失がないとはいえないが、右保安基準に適合していれば特段の事情がない限り一応欠陥ないし製造上の過失がないとみるべきところ、右認定事実によると、本件事故当時の保安基準によると構造上二重安全ブレーキであることは必要とされず、しかも本件事故車においては主制動装置の他にかなりの機能を有するサイドブレーキが設けられていたのであるから、構造上二重安全ブレーキの装置を有していなかつたことをもつて、本件事故車に欠陥ないし製造上の過失があつたものということもできない。

三  そうであるとするならば、原告らの本訴請求はその余の点について判断するまでもなく被告らいずれに対しても理由がないものというべきであるから、失当としてこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九三条、八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 小川昭二郎 福岡右武 金子順一)

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